September 29, 2004

pluginsの使い方

試験用のperlをつくって、pluginsのディレクトリに保存。Main Indexに呼び出しのコードを挿入して再構築。成功である。かなり分かってきた。コンセプト、仕組みが分かると、それをベースに何がどう動いているのかの理解が進む。そうすると個別の機能の働きとその使い方が容易に理解できるようになる。

まだ知らないコンセプトと仕組みの配下で動く機能に出会うとまた混乱してしまうだろうが、ひとつひとつ挑戦し、解決していくことで新しい既知の世界が広がってくる。そして、その知りえた世界で遊ぶ、学ぶことが快くなってくるはずである。それが学ぶ楽しさというものであろう。

さきに試した「追記」の機能は、ひとつの投稿が長くなるときに意図的に分割して投稿するのに良いことに気がつく。最初に投稿を見たとき、あまりにも長いと、興味がないかぎり読むのがいやになるだろう。
もっとも駄文だと、分割したらなおさら「続き」を読もうとしない(苦笑)

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Quick Postを試す

Movable Typeの機能をいくつか試してみた。少しずつ全体像が見えてきた。最初は、TypePadとTypeKey, MovableTypeの区別と機能に混乱させられた。ログイン名とパスワードが交錯して理解するのに時間がかかった。説明書を読まずにいきなり試行することに無理があるのは分かっているが、せっかちなため経験とカンに頼ってやろうとしてしまう。しかも、ほかのBlogツールやxoops/zopeといったWebアプリケーションサーバも同時並行で試しているのでどれがどれだか分からなくなってしまう(苦笑)

まぁなんとか、Main Indexのデザイン変更やテンプレートモジュールとやらの使い方がわかった。Java Applet(時計)も組み込みに成功した。試行錯誤で時間をとられても、成功したときの達成感がいい。パズルをやっているような気分ではあるが。

で、いまはQuick Postという機能を試している。

成功しました!!!

で、この追記というのはどうなるのかを試している。

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Imageファイルのアップロード

daruma80g.jpgImageファイルのアップロードを試した。
意外と簡単である。
daruma80b.jpg
しかし、HTMLだけでImagesやTable、あるいはリンクが数多くあるページをつくるのは骨が折れる。ホームページビルダーで作ったページをアップロード投稿できるともっと便利なんだが、そんな機能はあるのだろうか?暇ができたら調べてみよう。

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popup testing

画像表示の仕方をテストしています。
View imageをクリックすると
左上にポップアップ画像が表示されます。

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September 24, 2004

TypeKey トークン

さきほどの書き込みはメインに表示されたが、過去の書き込みはやはり表示されない。アーカイブ2004年09月をクリックすると過去の書き込みも含めて表示された。

再構築すると、その時点までの書き込みはすべてアーカイブに移され、メインには表示されない、ということかもしれない。メインに表示する件数にも制限があり、多分その最大件数をどこかで設定できるはずだが?

また、コメントを書き込むためには「TypeKey トークンが設定されていなければならない」とあるが、これもどこにどう設定すればよいのか?

MTブログサイト管理者用のWebがあるはずなんだが、さてさてどこにあるのか、そのエントリーが分からない。MTホームページのHelpで探してみるしかないなぁ。

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メインの表示がなくなった

ブログのURLを変更して再構築した。すると……
メインでの表示で最新のブログ表示部分が白紙になってしまった。
それ以外は変更前と同じである。原因不明である。
MTプログラムを見たが、まったくわからない。

URL変更といっても、ディレクトリはまったく同じで、表記の仕方が違うだけなのだが……。さてさて、どうするかな?

この新しい書き込みをしたらいったいどうなるのか。興味津々である。

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September 14, 2004

サッカー思い出の写真

以下の写真は、TV録画画面からキャプチャーしたもので、著作権はNHKほかの原著作者にあります。複製・再配布はできません。

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サッカーの基本精神に学ぶ

ヒトラー政権下でのベルリンオリンピック大会。。日本は世界における存在感を高めるために、早稲田大学のサッカーチームを参加させることを決定した。当時、世界はおろか日本国内においてさえ対校試合をする機会さえなかった無名のチームが、忍び寄る軍国主義国家の威信を背負って世界の舞台で戦うことになった。選手のひとり、堀江はロンドンで発行されたガイドブックを読み、みんなで研究しながら対策を練った。しかし、素人ともいえるチームに勝つための妙案があるわけではなかった。初戦でぶつかるスウェーデンチームは優勝候補の強豪である。平均身長185cmの選手たちに、小柄な日本人選手がどう立ち向かえばよいのか。ただ、切れのいい小回りを駆使したショートパス戦法で対抗するしかないと思い定め、その練習にあけくれる。

大会開催の2週間前、ベルリンに入った日本サッカーチームは町のチームに練習試合を申し込む。このチームは、オリンピック出場チームのどこと試合をしても負けるような平凡なチームである。そのチームにまったく歯が立たず一点も取れずに完敗した。全員自信喪失し、途方にくれる。このとき、堀江が訳したサッカーの精神についての教えがよみがえる。

  サッカーの基本精神

  no player should surrender until the final result.
  勝つ見込みがなくても、最後まで決してあきらめてはならない

  The pleasure is in the struggle, not in the result.
  結果ではなく、勝とうとする葛藤の中にこそ、喜びは生まれる

  find out what is wrong, and practise with the ball untill you have mastered
  満足のいかない結果となっても何が間違っていたのかを探し出し、克服しなければならない。

  your confidence, you will also inspire your comrades
  もしチームの一人が自信を得ることができれば、その自信は仲間にも伝わっていく

そして大会当日がやってきた。前半戦、体格と技術と経験に勝るスウェーデンにまったく歯がたたない。必死に練習したショートパス戦法の体制に入る機会さえ与えられず防戦に終始し、2点を先取される。そこでまた思い出し勇気付けられたのが、「サッカー精神」である。「最後まで決してあきらめてはならない……。勝とうとする葛藤の中にこそ喜びがある……。後半戦開始後4分、エースストライカーの川本がゴールを決める。観客席は意外な展開にどよめき、そこから日本チームへの応援の声が高まる。そして、右近が2点目をゴールし、試合終了前に逆転のゴールを松永が決める。奇跡の逆転である。観客は、日本チームのこの快挙に興奮しスタンドにつめかける。実況放送をしていたスウェーデンのラジオ局アナウンサーも日本チームをほめたたえる。地元ベルリンだけでなく、ロンドンでパリでローマで新聞・ラジオが、この奇跡の逆転劇をビッグニュースとして報じた。まったく無名の弱小チームが、優勝候補のスウェーデンを下したのである。じつに劇的な展開であった。水泳の前畑選手の金メダル獲得とともに、日本はその存在感を世界に示したのであった。

ベルリン大会の翌年、日本は日中戦争に突入し、太平洋戦争という歴史的大敗北への道を歩みだした。ベルリン大会サッカーチームのメンバーたちも戦争の荒波をかぶり、逆転のゴールを決めた右近、松永両選手ともに戦死するという悲劇も経験しなければならなかった。残されたベルリンサッカーチームの川本や堀江たちは後進の指導にあたり、後輩たちにつぎの言葉を残した。

  何事にもアグレッシブであれ、絶え間なき斬新。
  強くなろうとすることは、常に苦しいことです。
  しかし苦しさに耐え、一歩一歩、この道を踏みしめていく
  その過程こそが喜びに変わっていくのです。

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日本人は歴史を知らない?

「そんなことがあったんだ。日本人ってすごいなぁ……」と感心するようなことをこの年になって知ったというのが多い。単にわたしの勉強不足に過ぎないのかもしれないが。ただ、「日本人は歴史を知らない」といったのは、アメリカのビジネスマンたちである。ひとりではなく何人もの人からそんな話を聞いた。もちろん、あるときから私自身も意識してその話を持ち出して聞くようにした。最初の頃はショックであった。自分のことを指摘されているのかとも思った。海外生活をすると自己嫌悪に陥るようなことにも気づく。そのひとつが、「日本人でありながら、日本のこと日本人のこと、歴史・文化・風土にいろんな行事、仏教・神道・禅、歌舞伎に能楽、浄瑠璃、茶道や華道などなど……。英語以前に日本語で説明することさえままならないことに気づくでしょう。説明をもとめられているというより、あいては素朴に質問しているだけなのに、どういっていいのか分からず口をパクパク……と恥ずかしい思いをいやというほどしたものである。これほど自己嫌悪に陥ることはなかった。若いセクレタリーに”I hate myself”と変な英語で説明しようとすると、"You have mental problem"といったかどうか忘れたが、とにかく「自分を憎むということは精神的におかしいことだわ」といいたかったんだろうと解釈して、ますます自己嫌悪に陥った思い出がある。いまは、「思い出」となって懐かしくはあるが。

話が逸れてきたが、「日本人は歴史を知らない」というアメリカやイギリス、ドイツのビジネスマンたちがなぜそういうのか気になって調べたことがある。そのことは別の機会に書くことにするが、ここではその指摘が正しいと思う事実のひとつとして冒頭で書いた「サッカー奇跡の逆転」があることを言いたい。ずいぶん回り道をして我ながらあきれるが、日記なんですから許されるでしょう、と自分に甘くなる。それで、結論を急ぐと、戦後GHQが敷いた日本の政治・経済・社会・教育などの路線は、戦前までの日本人の精神性、一言で言うのは難しいが、敢えて言うなら「武士道精神」を根絶やしにしようとしたものではなかったか……というのがわたしの論点である。簡単に言えば、戦勝国の人たちは日本人の強靭な精神性、美意識に根ざした死をも恐れぬ勇敢さ、ゼロ戦や戦艦大和を作り出した創造力と抜き出た技術力、ロシア艦隊を打ち破った戦略性、満州で展開した機動力、アメリカ移民・ブラジル移民の開拓者魂など数え上げたらきりがないほどの日本民族の卓越性を恐れ、そうした民族の力が復活するのを妨げたかったとしか思えない。そのためには戦前の価値観を否定し、日本人の記憶から抹消したかったのではないだろうか。だからこそ、日本人が世界に示した恐るべき力を思い出させないようにしようとしたのではないか。そして、その時代の記憶がある戦前・戦中派の世代の人たちもまた、そうした記憶を忘却のかなたへ押しやろうとしたのではないか。「戦争に負け、日本を廃墟にしたのはわれわれの責任だ。これまでの価値観は捨て去り、日本の未来を戦争を知らない世代に任せよう。われわれは口出しをしない。ただ貝になるだけだ。みなさん、「わたしは貝になりたい」という映画をしっていますか?わたしも戦争を知らない世代で、小さい頃おじさんが支配人をしていた映画館でその映画を見た記憶がある。しかし、その意味することは皆目検討がつかなかった。戦争を知る大人たちは何も説明しようとしなかった。ただ哀しそうに黙っているだけであった。わたしが理解できるようになったのも、この10年くらいになってからである。知らない事実、歴史とその時代背景を知るようになってからである。もっともわたしは過去20年間、海外の仕事が中心で日本のことに疎いからかもしれない。どれだけの認識のズレがわたしにあるのか、それを確かめようとしているのかもしれない。

思いもかけず長い日記になってしまった。いい足りないことが一杯あるが今日はこの辺でやめることにする。最初は、NHKの「その時歴史は」が気に入ったので、それをちょっと紹介しようと思って書き出したのです。番組の紹介をなぞって書いた文がすでにあります。それをつぎに掲載します。

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September 12, 2004

サッカー奇跡の逆転

先週のNHK番組「その時歴史は」で放送された「奇跡の逆転」を見た。今から72年前のベルリンオリンピック大会で日本の弱小サッカーチームが優勝候補のスウェーデンを破った歴史に残る一戦である。当時、ヨーロッパで大きな話題となり日本の存在感を世界に示したものである。そんな歴史的事件とも言うべきことを、今日の多くの日本人は知らない。なぜなのか?番組では、「戦後GHQがアメリカの人気スポーツである野球を奨励したから……」と言葉を濁したような言い方をしていたのが気になった。私も、この奇跡の逆転をどこかで聞いたような気もするが知らなかったというのが正直なところである。すくなくとも小学校から大学までの教育課程の中で習った記憶はない。同じ戦前の話で、野球の沢村投手の伝説的な話はよく耳にしたが。

わたしはかねてから日本人は近代の歴史、とくに日本の国威が世界に示された明治から第二次世界大戦終結までの歴史についてその実態を知らないのではないかと疑問に思ってきた。もちろん、日清・日露戦争が何年にあり勝ったとか、2.26事件や満州事件があったなどという暦は習った。というか、覚えさせられたといべきか。しかし、そうした歴史的事件の背景にある時代精神や日本人の伝統・文化・倫理観・社会理念・政治体制といったことと因果応報的な歴史の解釈は習わなかった。メディア、TV・新聞・雑誌・書籍などで明治・大正・昭和の時代をクローズアップした記事やニュースが多くなったのは平成になってから、それも半ば以降ではないかと思う。

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Blog*Spotその後とMovableType

<これは下書きしていたものを加筆修正した記事である>
昔、Blog*Spotとよぶサイトがあった。数年前アメリカで使っていたが、旅が多く公私共にいろんなことが起きて多忙を極めたため、いつの間にか使わなくなった。その後、Googleがこの会社とソフト・サービスを買った。blogger.comである。なつかしく思って早速Blogを開設したのが8月であった。こちらは英語が主体である。試しにいくつか記事を投稿した。

同時期に、msn日本が8月10日からspacesサービスを開始するとの記事を見たのが契機で、10年来の住人となっているmsn.comにも開設した。日本語での発信を主としている。多言語対応の歴史があるので、何の問題もなかった。

両方を使ってみて、使い勝手とコストパフォーマンスのよいほうを選ぼうと思っていたら、今度はMovable Typeに目が移ってしまった。ソフトウェアをダウンロードしてインストールした。最初のセットアップのためのユーザ名とパスワードに誤解があった以外はスムースに設定できた。というわけでこのブログを書いている。

Movable Typeについてコメントしておく。私と同じように混乱する人がいると思う。

まず歴史的にみると、Mena Trotが"Dollarshort"という人気サイトで日記を書いていたが、もっと使い勝手のいいソフトウェアが書けないかと高校時代からのスイートハートBenに相談したのがはじまりである。Benが開発したソフトウェアがMovable Type(以下MT)とよばれ、これを使って現在のDollarshortが運営されている。Niftyの「ココログ」もMTを採用している。

ふたりは結婚し、MTの保守改善と販売・普及のためにSix Apartという会社を設立。MTベースのBlogサービスで問題になるのが迷惑な書き込みである。これの防御策のひとつとして、書き込みができるユーザを前もって登録させて管理するための認証システムを開発した。それがTypeKeyである。

そして、もうひとつのサービスがTypePadとよばれるものである。これは、Nifty『ココログ」サービスと同じ位置づけの「ブログサービス」を指す。MTをインストールして煩雑な設定とメンテ・運用をする必要がなく、あらかじめ用意されたテンプレートを選択していくことで簡単に自分用のブログサイトをつくり、すぐにブログが開始できる。IT技術を知らない一般の人は、TypePadやNifty「ココログ」を利用するのが良い。

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10年前を思い出して……

昔、ForumやCBといったオンラインコミュニティにたびたび出没していた頃がある。CBは草分けのひとつであるCompuServeでの呼び方。いまはチャットというのが一般化した。10年前を思い出して……とタイトルに書いたが、チャット経験は、じつは20年前にさかのぼる。その頃日本はメインフレーム全盛時代で、先端技術に携わるものたちだけがUnixやPCの開発と普及の潮流の真っ只中にいた。わたしはアメリカにいた。ものすごい勢いでオープン化とネットワーク化の波が襲っていた。

書き出しから回顧録的になってしまっているが、これを機会にわたしがアメリカで、欧米で経験してきたことを中心に思いつくままに書いていこうかと思う。いまだに時間に追われている生活だが、いずれ終止符を打ち、晴耕雨読の生活に入る。そのときの楽しみでもあるが、いま少しずつホームページを作成している。たくさんのコンテンツがあり、その整理にかなり時間がかかりそうである。blogをやっている時間などなさそうだが、たまには書き込みをしよう。

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September 05, 2004

妻の卒業式

 録画しておいた「妻の卒業式」を見た。身につまされるスト-リーである。三宅裕二のどこか人生を達観したようでいてなお生きる意味を問うサラリーマン役が共感を呼ぶ。岡江久美子が、夫と娘のために生きてきた専業主婦をリアルに演じている。この夫婦の会話をわが身を代弁していると感じ、他人事には思えないとわが身を重ねるのではないか。

 こんな話を書く作家に興味を持った。「田渕久美子」をgoogleで検索して、「さくら」や「女神の恋」の作者であることを知った。世の中ではみんな知っているんでしょうが…。ともあれ、彼女はどうしてこんな物語を書くことができるのだろう?……と感心する。難解な男と女の考え方の違いを洞察し、難いほどに人間の心の襞を描いている。

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