2005年07月28日

学習に効果的な対話の方法

(1)発言の冒頭での話し方(自分の思考過程を明確に示す)
 ・私の考え方は~です。そう考えるに至ったのは次の理由からです。
 ・私は、~であると仮定していました。
 ・私は、~という理由で、そのような立場を取るようになりました。
 ・私は、~という結論に達したのですが、その結論に至る過程で考えたことを具体的にお話します。


(2)自分の話を相手に明確に理解してもらうための質問
 ・いま私が述べたことについてどう思いますか。
 ・私の論拠に、どこか弱いところがありますか。
 ・何か付け加えることがありますか。

(3)相手の思考過程を明確にする質問
 ・なぜ、そのような結論に至ったのですか。
 ・何か結論を支持するようなデータはありますか。
 ・そのようにおっしゃる理由は何ですか。
 ・あなたの考え方を理解したいと思いますので、もう少し詳しくお話下さい。

(4)相手の主張をどの程度理解しているかを確認する質問
 ・それは~と似たようなことですか。
 ・私の理解が正しいとすると、あなたは~とおっしゃりたいのですね。
 ・あなたのご意見を~と理解しましたが、それで問題ないでしょうか。

(5)意見が異なるとき、自分をオープンにし、相手の話に傾聴する質問
 ・~について考えてみましたか。
 ・あなたは~という意見ですが、私は~が気がかりなのです。
 ・よく理解できません。なぜなら~。

(6)話が行き詰まったときに、話を発展させるのに役立つ情報を捜す質問
 ・分かっている事実は何でしょうか。
 ・分かっていないことは何でしょうか。
 ・同意している点は何で、意見が分かれている点は何でしょうか。
 ・私たちは異なった仮定に基づいて話を進めているのではないでしょうか。
 ・どのような条件であれば、代替案を考慮していただけるでしょうか。

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ツーソンの怒れる祖母の会

米国アリゾナ州ツーソンに「ツーソンの怒れる祖母の会」というのがある。イラクに駐留している子供や孫が帰国できるように代わりにイラク行きを志願している人たちの集まりである。この会のメンバーであるベティ・シュローダーさんが、米軍新兵募集所に入ったことで不法侵入罪に問われた。彼女は74歳で、「年齢制限をオーバーしている」ためだった。戦争と家族の死を切実な問題として抱えているのがアメリカ市民である。あまりにも平和で享楽的な日本と日本人をどう考えればいいのだろう。

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2005年07月23日

最新のSNSエンジン

圧倒的なスケーラビリティや、既存Webサービスとの統合を可能にする高いフレキシビリティを特徴とした画期的な「SNSエンジン」…との触れ込みでAffelio Version 1.0が、7月4日(月)にリリースされた。

早速会員登録してダウンロード。インストールしたがエラーが発生…。動作環境の制約が多いため、設置したサーバ環境(MySQLやPHPのバージョン・レベルなど)が条件を満たしていないからだと推測している。ほかのソフトに較べると制限が多いようで、その説明も多岐にわたり分かりにくい。読む労力が多いと途中であきらめてしまう。私の根気のなさが好奇心を抑えてしまう(苦笑)

LAMP、Xoops、Phpbbなどのオープンソフトのインストールはほとんど問題なく短時間で完了したことを考えると、Affelioは互換性やインターオペラビリティにまだ改善の余地があるのではないかと思う。もちろん一番の問題は私の未熟さであるが(笑)

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わたしは貝になりたい

四十五年前に作られた「わたしは貝になりたい」という映画である。ご存知の方もあるかと思うが、あらすじを紹介すると、太平洋戦争の激化とともに理髪店を営んでいた主人公も徴兵され戦争へ行く。そして上官の命令で捕虜となった米兵を殺すのである。戦争が終わって平和な生活に戻った時、主人公は「捕虜虐待」の戦犯として逮捕される。巣鴨プリズンでは誰も処刑されることもなかったために講和条約によって釈放されるものと信じていたが、結局、「私は貝になりたい…」という遺書を残して絞首刑にされるのである。

 主人公が米兵を殺したことは事実であるが、当時の日本軍で上官の命令に逆らうことは自分が殺されることを意味したであろう。この映画には強い反戦のメッセージとともに、下っ端の兵士が絞首刑を受けながら、A級戦犯と呼ばれる日本を戦争に導いた人が、戦後、首相や大会社の社長に就いたことへの問題提起もあったと思う。

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2005年07月16日

人魚のマナティManatees

船乗りによると「大変な美女で、上半身は裸。綺麗な形のムネ。時には子供を抱き、美しい声で歌う」という。正体はジュゴンやマナティーという哺乳類の見間違えと説明されている。日本ではジュゴンの方が親しまれているようだが、アメリカではマナティManateesである。生物学的には同じ系列で親戚関係にあり、イルカも遠い親戚かもしれない。イルカと同じような形の尻尾をもったのがジュゴンで、しゃもじの形をしたのがマナティだそうである。

写真はSCUBA Diving Club 「Manatees」オーナー山崎さんが撮影したもので、わたしは陸から目撃した経験があるだけである。仕事の合間を縫って訪れたフロリダのマナティ保護地域で幸運にも見ることができた。

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「漆黒の闇」と「時の終わり」

日本人は、世界の90%以上のひとたちより物質的には恵まれている。しかし、あのルワンダやアフガニスタン、イラクの子供たち、あるいは飢餓大陸にすむ子供たちの透き通った純粋な目を見ておもうのは、ひょっとしたら日本人は自然とともに生きる大切な心を失っているのではないか……ということである。

太古の昔から人間は、日の出とともに働き、日没を迎えてから夜の闇に立ち向かってきた。一日の始まりと終わりを実感しながら毎日を生きてきた。しかし、とくに都市部では一日の境界があいまいで、9 to 5のサラリーマンをのぞくと万人共通の一日の境界はなくなった。


「漆黒の闇」と「時の終わり」に触れることがなくなってしまった。闇夜を知らない子供たちは、「となりのととろ」を空想の世界として関心を示す。時の流れの区切りを知らない大人たちは、去り行く時間に恐れをいだき、駆けるだけの人生に焦燥感を抱く。静かな闇と向き合い、自然の声に耳を傾けることで豊かな感性と想像力を養い、、そして生きることの意味を問うべきではないでしょうか。

闇と向き合う事で養われてきた豊かな想像力が無くなって行くのは寂しいことです。
ときどき”時の終わり”…を見つめてみると良いかもしれません。

最初の海外駐在のとき、出張者が子供たちへのおみやげにくれたビデオ「となりのととろ」で、真っ暗闇の中をお父さんの手にしがみつきながら歩く子供たちと「まっくろくろすけ」への畏怖を描いた場面があったのを思い出す。闇の中での体験を通じて、子供たちはお父さんを頼もしく思い、「まっくろくろすけ」と出会っていろんな想像をめぐらし豊かな感性を育んだのでしょう。現代の子供たちにはそんな機会はとっくに失われてしまったと思うのは悲しいことです。

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戦争を知らない日本人

世界の先進国で平和な日本に生きる我々は、大変幸せな民族である。世界のいたるところで紛争やテロが発生している現実に目を向ければ、そのことに気づかせられるのではないか。失われた10年、不景気で失業率が5%、リストラの嵐に企業倒産……などといってメディアが騒いだ。しかし、それはバブル経済崩壊前との比較で言っているだけである。貧しく恵まれない世界の国々との比較で考えることも必要であろう。1945年、第二次世界大戦が終結して以後、戦争に巻き込まれていない国は、日本とスイスなど数えるほどしかない。今の日本人には、祖先の記憶がなくなってしまったとしか言いようがないのではないか。わたしも戦争を知らない世代である。身内や親類縁者、友人・知人を戦争で失った経験は、アメリカで体験したこと(911テロ)を除いて、日本ではない。

私をふくめた多くの日本人は、「戦争の現実を知らない」ということと「日本の歴史、とくに明治・大正から終戦にかけての歴史の真実を知らない」……ということに気がつくべきではないか。そのことを教えられたのは、アメリカの友人たちからであった。とくに経営やマーケティングをジョブキャリアとする彼らのほうがよく知っている事実に、わたしは素朴な疑問を抱いた。なぜなのだろう?学校で日本と世界の歴史は学んだはずだ。 

そして、もうひとつの疑問がある。戦後生まれの団塊の世代の多くが、70年安保やベトナム戦争の時代に、なぜ反戦闘争に身を投じたのか?悲惨な戦争の記憶がまったくないのにもかかわらず。わたしはどちらかというと柴田翔の「されど我らが日々」に描かれた諦観や虚無の世界の側であったが、それでも何度か反戦デモの隊列に加わった。当時の若者たちはどうしようもなく迸るエネルギーに満ち溢れていた。そんな燃えるようなエネルギーのはけ口を求めて、ことの是非も分からないままに行動していたのであろうか?

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2005年07月12日

Ruby Falls and Biltmore Estate

Ruby Falls on Lookout Mountain - Chattanooga, Tennessee
The Chattanooga, Tennessee area is blessed with not one, but two legendary roadside Americana attractions which are Rock City and Ruby Falls. Both of these classic tourist destinations (Rock City opened to the public in 1923, Ruby Falls in 1929) are family owned to this day which is a modern wonder in the age of homogenization in America evident by a coast to coast glut of franchise restaurants and shopping malls. Ruby Falls is located in the limestone layer of the mountain. As the subterranean streams found their way through the crevices, the water dissolved the limestone and released an acid which aided in the formation of the Ruby Falls.


Biltmore Estate in Asheville, North Carolina, America's Largest Home, gardens, winery, four-star inn, romantic getaway, and a four-star inn on 8000acres in the Blue Ridge Mountains.

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2005年07月05日

Great Smoky Mountains National Park



先月25日から10日間ほどアメリカを旅した。ジョージアとテネシーが中心で、Ruby Fallという洞窟の中の滝やアメリカの個人の家としては最大といわれるBiltmore Houseなどを見学した。いずれも、年間900万人が訪れるという国立公園Great Smoky Mountains National Parkの周辺に位置する。

後半はカリフォルニアの家の庭の手入れと家財道具の整理に追われた。読みたい本を数十冊を手荷物で持って帰った。サンノゼから成田に着いたその足で重い荷物を引きずりながら大阪に来た。サンノゼから15時間以上の長旅で、機内映画を楽しむこともなく眠りに眠った。二度の食事はしっかりと
残らず食べた。うまいまずいの問題ではなく、生きる本能が要求するエネルギー補給である。

部屋から手軽にインターネット接続ができるサービスを提供するホテルに泊まっており、久しぶりにアクセスしている。明日は幹部社員の商談推進研修の講師を一日やって、翌日からは東京で二日間講師である。体力が持つかどうか心配ではあるが…。

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