Vistaの限界、Alan KayとApple iPhone
今年もいろんな新製品やサービスが提供され面白くなりそうである。Vistaがどれだけ消費者に受け入れられるか疑問が多い。ブラウザはFireFoxの猛追にいつまで耐えられるか?Officeは、Google OSとオンラインアプリケーションあるいはSaaSに置き換わっていくのではないか?携帯市場は今後もユビキタス化の流れで乗って成長するだろうが、マイクロソフトは出遅れている。
機を見て敏な動きをしているのがアップル社である。iPhoneを発表し、携帯市場へ参入するのは当然の成長戦略としてうなづける。「コンピュータ」の名前は消え、Apple2.0の時代に果敢に挑戦している。
つぎの三次元のiPhone動画を世界中にばらまき口コミマーケティングも展開している。

この動画はアップル社のWebの情報をもとにイギリスのモバイル企業が配布しているものである。見ていると欲しくなるのは私だけではないだろう。しかし、iTune Storeに簡単にアクセスでき、好きな音楽をダウンロードできる機能の実現は技術的に容易だと思うが、その機能がないのはどうしてだろうか?事業企画に携わる人やコンサルタントは、この背景と理由を考えてみてはどうか。ビジネスを考える訓練になると思う。
ところで、いま再認識されているブランデッドマーケティングの先鞭はアップル社で、アメリカで最も有名なのが、「1984」のマッキントッシュ発表のコマーシャルフィルムである。このフィルムを昨年夏ごろからYouTubeに何人もの人間がアップしており、自主運営SNSのΣSIGMAのなかでも紹介した。素晴らしいの一言であり、20年以上前に作られたとは思えない。その先見性には拍手を送りたい。
Vistaは見た目はきれいであるが、リソースを食いすぎて重すぎる。XPでも使っているいるうちにレジストリが肥大化しページフォールトが多くなり、素性のわからないプロセスが裏でコソコソ動く・・・。フォルダー操作でも一回クリックして開くまで十数秒から、ひどい時は1分もかかるようになる。PCは2GHzでメモリ512MBで決して遅くはない。使い物にならないので結局昔のExplorer環境にして使っている。
Vistaになると「見てくれ」がよくなる以外に、一体どんな良いことがあるのだろう?厚化粧過ぎて使う気になれない。昨年にベータ版を使ったがすぐ使うのをあきらめた。Google OSの時代が到来するということだろうか。個人的には、小さなPCクライントの世界のリソースを食い尽くすようなWindowsではなく、広大で深遠なこれからも成長するインターネット世界のリソースを使ったOSやOfficeツールが好きだし、どんどん使い勝手や性能が良くなっているので、これが将来のあるべき方向ではないかと思っている。
Vistaコードは1億行を超えており、Officeも1.2億行以上あるという。人間が管理し品質を維持する限界を超えていると思う。しかも毎週のようにセキュリティホールが見つかり、そのフィックスのためにウィンドウズアップデートを消費者に押し付けている。Vistaも、セキュリティ機能を強化したと喧伝しているが、問題が解消することはないであろう。
余談になるが、先月にAlan kayが来日して東工大と東大で講演をしたそうである。彼が代表を務める Viewpoints Research Instituteの社員がその公演内容をブログ報告している。たいへん興味深い幅氏が展開されている。そのひとつが「NSFプロジェクトで、2万行以内のOSを開発中」という話である。2万行以内が一人の人間が把握・理解できる範囲で、そういうOSであればリソースを極小化でき人間がその皮質・性能を保証できるものになるという。2億行(Vista+Office)対2万行の勝負ということか?1万分の1のコードでどこまでの機能を実現できるのか?VistaやOfficeがもつすべての機能を実現する必要はない。実用に必須となる機能さえ備わっていれば、品質・性能・コストの改善と利便性向上には計り知れない効果を発揮することだろう。
私はVistaの将来に明るさはないと思う。マイクロソフト社は、Longhorn開発途中で方針を転回して、Google OS対抗のNet OS開発にリソースを投入すべきだったのではないか。MSNやLive,Expediaなどのオンラインリソースを統合し強化するとともに、それらの共通基盤となるWebアプリケーションOSを開発したほうが、よっぽど将来の潮流のリーダーシップを握れたと思う。10年前にインターネットに面舵をとったように。
ビル・ゲーツは今回の誤りに気がついているはずである。一年前にも、CGM世界を前提としたソフトの開発の流れと、何百万人もの利用者がベータテストに参加して、品質や性能も確保するような、開発のやり方の恐ろしさに言及しているのだから。気がついていても、売上利益を確保できる新しいビジネスモデル開発の限界を悟って、手が付けられなかったのかもしれない。イノベータのジレンマどころではなくなってしまった、大きな時代の変化についていけなくなったのだろうか。